シンガーソングライター&プロデューサーによるblog


by ontan

どんなに貧しくても!?

「下流社会」売れているみたいだ。僕も気になっていた問題なので、読んでみた。第2章の階層の分類の仕方やネーミングについては、ちょっとセンス悪い気もしたが、共感するところもあった。特に第3章の「団塊ジュニアの下流化は進む」という部分と、第5章「自分らしさを求めるのは下流である?」という部分は、正直、他人事じゃねえぞ、と思った。ベストセラー本書けるだけあって、よく空気わかってるじゃん。


合わせて紀田順一郎「東京の下層社会」(ちくま学芸文庫)も読む。ほんの100年くらい前の日本はスラムがあって、残飯食って、娘を売ることぐらい普通のことだった。そう考えると総中流なんてごく一時の幻想であったと言われても納得だ。明らかに今の日本の政治の方向性は格差を拡大する方向に動いているように感じるし、それに抵抗すべき人間がまんまとポピュリズムにのせられて、それに歯止めをかけようともしていない。


例えばバイトしながら音楽やっている人間達は、危機感あるか? いや、ないだろうなあ。抜きん出て商業的に成功する一部の人を除いて、みんなどうなっていくことやら。「どんなに貧しい状況になっても音楽やる!」とか言ってるやつもいるけど、甘い。本当の貧しさをわかって言ってるのかな? 本当に貧しい時は音楽なんかできんと思うよ。下手したら身体ごとどこかに売られることも覚悟しなければならないだろうと思う。たとえば、食えなくて自衛軍に入るしかなくなり海外で「平和」活動中に死ぬなんてこともありうる。もちろん戦場で音楽活動はできない。



まあでも「下流社会」で述べられている小泉ー竹中ラインの未来像はさすがに明治時代のそれのようなものとは違い、

>少数のエリートが国富を稼ぎ出し、多くの大衆は、その国富を消費し、そこそこ楽しく「歌ったり踊ったり」して暮らすことで内需を拡大してくれればいい

というような感じらしいので、それが実現すれば少なくとも「歌ったり踊ったり」はできるようだが。



過去・現在とともに未来も考えてみようと思って、ハックスリー「すばらしい新世界」も読む。人間がアルファ・ベータ・ガンマ・イプシロンなどと生まれる前から分類されてそれに合わせた教育を施されている世の中。赤ん坊の頃から睡眠学習で快・不快を植え付けられコントロールされる。ソーマなる麻薬で安易な快楽を与えられ「安定」した世界。



もちろんこれはSFだが、正直言って、安易な形で快楽を与えられて喜ぶ構図は既にいろいろな所で始まっている。塾に行けない子は明らかに受験の世界では不利だろうし、教育格差だって広がる土壌は充分ある。


僕は正直言って危機感はちょっと感じている。でも、かくいう僕もまさに「自分さがしをする団塊ジュニア」なんだと思う。下流に叩き込まれたら僕は歌ってなんかいられなくなるだろうと思っている。本当の意味で自由でいるために、少なくとも自分をいかに守るか、それは真剣に考え行動していくつもりだ。ただ、やっぱり、われわれの世代が団結して抵抗して云々というのは、全く想像がつかない。それこそSFだ。格差拡大は否めないだろうな。

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by ontan | 2006-01-11 02:33 | 主張