シンガーソングライター&プロデューサーによるblog


by ontan

カテゴリ:主張( 30 )

ザマアミロ!

ニュース特集 : ライブドア 堀江貴文氏逮捕


こんなことに慣れてしまうのは良く無いかもしれないが、手の平を返したようなマスコミの堀江批判はお馴染みの展開だと思う。


かつてオウムの麻原だってテレビに出てタレントまがいの活動を行なっていたし、野村サッチーだって人間性にかなり問題性のある発言をしながらも人気者だった。それが、あっという間に凋落してゆく。あまりに見慣れたことだ。


ホリエモンは時代に呼ばれた存在であったと思う。僕は彼と同世代だから、彼がああいう方向に行くのはものすごくわかる。生まれた時にはもうテレビがあって、高度成長は終わっていて、少年時代を軽薄短小な80年代に過ごし、幼い頃から偏差値という数字で切られ、小学校高学年でコンピューターに出会い、高校生の頃に冷戦が終わりアメリカ型資本主義が世界を席巻し、受験生人口の最も多い時代に大学受験で勝ち残り、社会に出ようとする前にバブルが終わり、山一証券が倒産し、これからはインターネットの時代と叫ばれた世代。熱くなるなんて損じゃない? 冷めた心を持ちながらただ「行動と結果」で周りをねじ伏せる。手段は選ばない。


悲しいことに、僕らの世代の中で「勝つ」タイプって、ああいう人だったよね。えっ、彼の「道徳」が欠けていることを批判するの? 今さらですか? この国で行なわれている道徳的批判って建て前だよね。リクルート事件を中学生の頃テレビで見たけど、政治家は普通に生き残っているじゃないか。僕らは「いじめ」世代だ。みんな友達がいじめられても何にも言わなかったよ。学校に収容されている間に道徳なんてどこかへ消えた。どこかのオヤジの作った既存のルールになんて飽きているんだ。頭のいい奴は自分でルールをプログラミングした人が勝つことを知ってしまっている。それを諦めて「名無しのその他大勢」になった方が「楽」だけどね。


本当のところ、彼のやったことをいいとか、悪いとか言えるほど、僕らの道徳的な能力は発達してない気がする。ホリエモンが捕まって、僕はなぜか無性に「ザマアミロ!」と言いたくなった。堀江に? マスコミに? 国民に? 自民党に? 自分に? よくわからない。


それ見たことか! と僕は33年分込めてつぶやく。堀江君、面白かったよ。せめて殺人には関わってないことを祈るよ。(でも僕はもうちょっと真面目にやるぞ。)


*追記:「面白い」という反応を示しているのは、僕だけでは無いようだ。
津川雅彦「ホリエモンの散り方は面白い」

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by ontan | 2006-01-30 23:58 | 主張

きれいごと言わない

ライブドアに粉飾容疑 10億円赤字を14億円黒字


ホリエモンやばいね。大体、世の中の権力取ろうと思ったらかなりエグイこともやらないといけないだろう。探り出していけば、もっとやばい会社・各種団体なんていくらでもあるはずだ。でもそういう所ほど、表面上は綺麗に見せてクリーンイメージを作ることを怠らない。


ホリエモンすごいなと僕が思ったのは、きれいごと言わないところ。「金で人の心は買える」云々の発言は批判されているが、どうせ日本人の大半は「金で買われる」ような心なんじゃないのか? それにしても、近鉄バッファローズ、ニッポン放送、衆議院選挙、世の中の「綺麗じゃない部分」をお茶の間にまでさらけ出して世論を巻き込む手法を確立したことは彼の功績(?)だろう。


今回の事件はさらけ出そうと思ったわけではないだろうが、隠すべきことが明るみになってしまったのは因果応報とでもいうべきか。さて、これは劇的なドラマのオチとなるのか、それとも起承転結の「転」くらいなのか…?

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by ontan | 2006-01-18 13:21 | 主張

どんなに貧しくても!?

「下流社会」売れているみたいだ。僕も気になっていた問題なので、読んでみた。第2章の階層の分類の仕方やネーミングについては、ちょっとセンス悪い気もしたが、共感するところもあった。特に第3章の「団塊ジュニアの下流化は進む」という部分と、第5章「自分らしさを求めるのは下流である?」という部分は、正直、他人事じゃねえぞ、と思った。ベストセラー本書けるだけあって、よく空気わかってるじゃん。


合わせて紀田順一郎「東京の下層社会」(ちくま学芸文庫)も読む。ほんの100年くらい前の日本はスラムがあって、残飯食って、娘を売ることぐらい普通のことだった。そう考えると総中流なんてごく一時の幻想であったと言われても納得だ。明らかに今の日本の政治の方向性は格差を拡大する方向に動いているように感じるし、それに抵抗すべき人間がまんまとポピュリズムにのせられて、それに歯止めをかけようともしていない。


例えばバイトしながら音楽やっている人間達は、危機感あるか? いや、ないだろうなあ。抜きん出て商業的に成功する一部の人を除いて、みんなどうなっていくことやら。「どんなに貧しい状況になっても音楽やる!」とか言ってるやつもいるけど、甘い。本当の貧しさをわかって言ってるのかな? 本当に貧しい時は音楽なんかできんと思うよ。下手したら身体ごとどこかに売られることも覚悟しなければならないだろうと思う。たとえば、食えなくて自衛軍に入るしかなくなり海外で「平和」活動中に死ぬなんてこともありうる。もちろん戦場で音楽活動はできない。



まあでも「下流社会」で述べられている小泉ー竹中ラインの未来像はさすがに明治時代のそれのようなものとは違い、

>少数のエリートが国富を稼ぎ出し、多くの大衆は、その国富を消費し、そこそこ楽しく「歌ったり踊ったり」して暮らすことで内需を拡大してくれればいい

というような感じらしいので、それが実現すれば少なくとも「歌ったり踊ったり」はできるようだが。



過去・現在とともに未来も考えてみようと思って、ハックスリー「すばらしい新世界」も読む。人間がアルファ・ベータ・ガンマ・イプシロンなどと生まれる前から分類されてそれに合わせた教育を施されている世の中。赤ん坊の頃から睡眠学習で快・不快を植え付けられコントロールされる。ソーマなる麻薬で安易な快楽を与えられ「安定」した世界。



もちろんこれはSFだが、正直言って、安易な形で快楽を与えられて喜ぶ構図は既にいろいろな所で始まっている。塾に行けない子は明らかに受験の世界では不利だろうし、教育格差だって広がる土壌は充分ある。


僕は正直言って危機感はちょっと感じている。でも、かくいう僕もまさに「自分さがしをする団塊ジュニア」なんだと思う。下流に叩き込まれたら僕は歌ってなんかいられなくなるだろうと思っている。本当の意味で自由でいるために、少なくとも自分をいかに守るか、それは真剣に考え行動していくつもりだ。ただ、やっぱり、われわれの世代が団結して抵抗して云々というのは、全く想像がつかない。それこそSFだ。格差拡大は否めないだろうな。

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by ontan | 2006-01-11 02:33 | 主張
ブッシュ米大統領、「ビンラディン」を「フセイン」と言い間違う


どこかの高校の世界史の先生がビンラディンとサダムを言い間違えたところでニュースにはならない。ブッシュが言い間違えたからこそニュースになるのは、世界の人々がそこから何らかの意味を感じてしまったからなのだろう。


言語は人間がそれぞれの文化の特性に従って世界を分ける機能を持つというのは、お馴染みの考え方だ。世界のどの部分に言語で線引きするかが、その文化がどんな事に興味を持っているかの反映であるわけだ。(言語学の入門書では、イヌイットの人々は雪を呼ぶ言葉を何十、何百と持っている云々…の例で説明される。)



こんな単純な言い間違いが人々の心をとらえてしまったのは、



『ブッシュの思考体系の中では「アメリカ的正義/それ以外」という分け方しかないのでは?』



ということを思わず、このニュースから読み取ったからなのかもしれない。要するにビンラディンも、フセインも一緒ということだ。(対イランやら対ソ連という文脈の中では、かつてビンラディンも、フセインも上記の二項対立の左側に入っていたはずだが。)


アメリカに追随するだけの感の強い日本外交だが、少なくとも単純なブッシュ的二項対立の体系の右側には入れられないで済むのかもしれない。ブッシュも「コイズミ」と呼び間違うことはしない。ひとまず安心して良さそうだ。


うーん …でも全然ありがたい気がしないのは何故だ?

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by ontan | 2005-12-21 02:37 | 主張

ヨウカンからヤカンへ

「役に立たないプレゼント」=豪雑誌調査

クリスマスに買ってはいけないプレゼントリスト


クリスマスパーティーの定番と言えば、プレゼント交換。予算1000円とかで、くじ引きしたりして…というやつだ。でもオーストラリアの調査を見ると、日本とは贈られているものが随分違うようだ。


1万2000人を対象にした調査で、「役に立たないプレゼント」の第1位に選ばれたのはアイス・シェーバー(氷削機)だった。
 その理由ついて、氷削機を実際に持っている人は「ちゃんと機能したためしがないし、結局はひどい状態になる。苦労した割りに氷は削れない」とコメントしている。
 2位はアイスクリーム・メーカーで3位はフットバス(足浴器)だった。
 



日本ではアイスシェーバーなんか、贈らないよなあ。僕は学生時代にバイト先のプレゼント交換で、ヨウカンを持っていき顰蹙を買ったが、女の子達の持ってきた「かわいい」置き物みたいのよりは、役にたつものであった自信は今でも揺るがないぞ!


一方、「役に立つプレゼント」として名前が挙がったのは、トースター、やかん、ハンドミキサーなどだった。 


うーん、日本で「やかん」なんか贈っても大丈夫かなあ? 「ヨウカン」並みに顰蹙買いそうだぞ。それとも「君達は知らないかもしれないけれど、オーストラリアでは、これが好評でね。」などと語ってみるか?


僕の感覚としては、プレゼント交換は機能追求よりも、パーティーの場の盛り上がりが優先だと思う。そういう方向で考えれば、「やかん」はいろんな意味で盛り上がるだろうなあ。チャレンジしてみようか?

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by ontan | 2005-12-08 23:33 | 主張

「ながら」な人々

僕は喘息持ちなので、タバコはだめなんだよ。特に去年の今頃は激しい発作に見舞われ、歩いている時に見知らぬ人の「歩きタバコ」の煙りで道に座り込んでしまったこともあった。(すぐに吸入したから死なずに済んだが。)




最近タバコへの規制が激しい。それに反発する人もいるけれど、タバコは少なくとも「煙り・火・匂い」が絶対に発生するものであることは忘れないで欲しい。駅はこの3つから逃れることが非常に難しい環境なので、やはり駅では規制をして欲しい。僕も見知らぬオッサンのタバコなんかで死にたくない。


携帯使用中の事故半減 改正道交法効果てきめん


市民の安全を守るための法規制は仕方ないことだと思う。何にせよ、「ながら」というのは、それぞれへの集中力が分散し、注意は散漫になるし、行なっているそれぞれの質の低下は免れない。歩きタバコで携帯で電話しながら歩いている人を見かけたりすると、いろいろな意味で危険なので、近づかないように気をつけている。少なくとも自分は変なことに巻き込まれたくない。


駅で喫煙、警告無視し逮捕

>男は、数人の仲間とホステスとして働く女性を勧誘するため、たばこを吸いながら構内を歩き回った。巡回中の鉄道警察隊員が警告し、男は一度は構内から出たが、再び戻り喫煙。その後も、数回の警告に従わず吸い続けたという。


世の中には注意されると意地になる人もいる。この勧誘屋さんは男のプライドをかけて吸っていたのかな?などと想像してしまった。「スタイリッシュなオレを守るために」「バッドボーイなオレはgoing my way だぜ」というふうに。


ま、とにかく逮捕されてしまって、勧誘のお仕事が否応無しに中断させられたわけだから、自分の職務は遂行できなかったわけだ。子供じゃないんだから、自分の仕事くらいキチンとやりなよ。格好悪い。

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by ontan | 2005-11-17 11:41 | 主張
ずっと音楽活動やっていると、だんだんと仲間が、その世界から離れていき、寂しい想いになることもある。それなりの覚悟をもって潔くという人はまだしも、時には「まだやってんの〜?」などとかつての仲間に向かって言うことで、妙な優越感に浸っている人間も見受けられる。情けない。



本田美奈子 急性白血病で死去


本田美奈子がアイドル→ロックバンド→ミュージカル→クラシックとひたすら、自分の歌を磨き続けていった過程を、その死去に伴って、テレビ等で最近否応無しに目にさせられているが、本当にあの人すごいと思う。


もともと感情のこもったエモーショナルな歌をうたう人だったけれど、その芯を保ったまま、より自身の歌のレベルを高めていったその姿勢に本当に感動させられる。ちょっと音楽かじって「もう若くないから」とか適当な言い訳作って音楽から逃げていったバンド兄ちゃん崩れは、30過ぎてからも、歌の道に専心して自身を高め続けた彼女のことを、どう思うんだろう。努力することが面倒な人間はどこの世界に行ってもやっていけないよ。



働きながらでも、自分の実力を高め続ける努力を怠らなければ将棋の瀬川さんのようにしかるべき場に参加することのできる日も来るかもしれないのに。



もっと、言うなら、僕らが幼い頃「できるかな」で見た「ノッポさん」ですら、歌う時代だぞ!!!(幼い僕は当時ノッポさんは「しゃべれない病気の人」だと思ってました…。すいません。)


ノッポさん 71歳の歌手デビュー




>そんな“無口”なはずのノッポさんが歌って踊る。まさに180度のイメチェン。「私もいい年になった。顧みれば、若い頃は冒険心とか、チャレンジ精神からはほど遠い憶病な生き方だった。だからこの私が、いやバッタじいさんが“とべとべ…”と孫たちに語りかける時、それは同時に自身にも語りかけている」。71歳になってもなお子供たちに夢や希望を提供したいという心意気からの歌手デビューだ。


ちょっと感動した。歌の世界は本当に奥が深い。上手下手を越えた、年齢なりの、その人なりの、存在感が発揮されている「本当のうた」が生み出されているならば、聴く者に感動を与えることができるものだ。どんな状況に置かれても自分のうたを追求していけば、何かを生み出せると思う。


僕もここに来て、日々、自分がまだまだ成長していることを感じている。いつ辿り着くのか、どこに辿り着くのかは知らない。でも歌の道を歩いていくつもりだ。というわけで、「これからもずっとうたっていきます!」

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by ontan | 2005-11-14 10:12 | 主張

誹謗中傷より恐いもの

<ネット選挙>運動解禁の公選法改正案を国会提出へ 自民党 


相変わらず選挙運動と言えば、名前を連呼したり、路地裏へ突入してのドブ板選挙。「知っている人じゃないとイヤ」な日本人気質からすると、それも真っ当なのだが、ネットでの選挙活動も考えていい時代だと思う。あのホリエモンでさえも、広島へ出向いて、道行く人達と握手するような選挙運動をしているのを見て、僕は驚かされた。



>ただし、ネット利用解禁で、候補者などへの悪質な誹謗(ひぼう)中傷が流れるおそれがある。



でも、前回の衆議院選挙も含めて、むしろ恐いのはテレビによる大衆操作の動きだ。誹謗中傷よりも特定の政治家をチヤホヤしたり、アイドル扱いするような動きの方が悪質だ。いろいろなメディアを通して、相対的な視点で物事を見ることが必要なはずだ。


あとはネットでの投票も実現してくれるといいな。日曜日にわざわざ、小学校や中学校に行くの大変だよ。投票率アップのためにも。(あ、投票率が低い方がいい層の人達もいるらしいが。)


ここまで書いて思った。そうか、だからこの法案は今頃出すのか。

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by ontan | 2005-11-13 20:30 | 主張
仏暴動、パリ中心部にも 学校、車両への放火続く


今回のフランスの暴動の背景には移民の問題もあるのだろう。


パリは依然燃えている!仏の暴動拡大、背景に貧困・失業問題



>暴動が集中しているのはパリ郊外、アルジェリアやモロッコなどアフリカ北部からの移民とその子供、イスラム教徒などが多い地域。低所得層用の集合住宅が密集しており、他地域より失業や貧困、犯罪発生などが深刻で、人種差別への反発も強い。


<仏暴動>移民若年層、差別に怒り 疎外感が過激化招く


>暴動がこれほどまでに拡大した背景には、治安維持を優先するサルコジ内相の強硬路線に対する反発だけでなく、就職、家探しなど日々の暮らしの中で移民が直面する差別への怒りがある。さらに、仏社会に溶け込めない一部移民は大都市郊外などで一種の「ゲットー」を形成しており、社会からの疎外感が若者の過激化を招いている。

このニュースはあまり日本では大きく扱われていないけれど、かなり大事な問題ではないだろうか? グローバル化が進む今、島国日本だって移民や外国人滞在の問題については対岸の火事ではない。「受け入れる、受け入れない」については意見の相違はあって当然だが、それぞれが相当に「覚悟」をもって考えなければいけないはずだ。



カントは晩年の著書「永遠平和のために」の中で「永遠平和のための第三確定条項」として人間は世界市民として、どの外国でも訪問する権利を持つとした。ただし「滞在」については、その地の住民(国家)による好意的な申し出(契約)が必要であるともした。



1795年にカントによってなされたこの主張に対して、グローバル化の進む現代に即して「滞在権をも認めるべき」とする意見も最近では見受けられるようになった。また、カント自身の唱えた「道徳は、無条件で命令する諸法則の総体」という考え方を使い「好悪に左右されず無条件に、どんな他者に対しても滞在を認めるべきだ」とするかなり過激な意見も見受けられる。



僕はふと思った。道徳の哲学者たるカントがそもそもどうして、「滞在」については容易に認めなかったのだろうと。「道徳と政治は別だから」という理由でないことは、カント自身が同書の中で「政治と道徳の一致」を目指していることからも明らかだ。だとすれば、カントの道徳的な感覚を介してもなお、「滞在」は別個の問題とせざるをえなかったのだろう。



僕自身はどちらかと言えば、グローバリズムの影響による「無条件に滞在を認めよう」とする立場よりも、カントの立場の方に共感する。「滞在」は特別なことなのだ。やはり「滞在」ということになれば、自ずと衝突は起こってくるものだと思う。そしてそれは各々の民族や文化の相違による「道徳」の違いを原因とすることも多いだろう。僕はカントのような「普遍的な道徳法則」ということはあまり信じていない。やはり民族や文化によって道徳には違いがあると思う。けれども、だからこそ結論はカントと同様に「滞在」については別とするべきだと思うのだ。


全く文化や歴史、生育環境の異なる者同士が共に生きるには、相当の覚悟が必要なはずだ。安易に滞在を認めることは無駄な衝突や紛争を起こす可能性も多い。これは将来的に「国民国家」という概念がたとえ無効となったとしても、異なるコミュニティーの人間と人間が出会った時には必ず起こりうる問題だ。また無条件に滞在を認めることは時に「強いものが勝つ」「図々しいものが得をする」ということにもなりかねない。「滞在は別」としたカントはその理性に従ってか、適正な部分に「歯止め」を打ち込んでおいてくれたと思う。


移民の問題は様々な側面を持つと思うが、安易に「労働賃金が安くすむから」などというような理由で、受け入れて、その後の生活は保障しないというのは、他者を受け入れるということについての「覚悟が足りない」と思う。受け入れるならば本気で考え、彼らのために尽力すべきだ。流すべきは血でなくて汗だ。それができないなら、むしろ、受け入れるなとさえ思った。

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by ontan | 2005-11-06 15:12 | 主張
「株」問題を論議 プロ野球オーナー会議 


どうも野球界再編にまつわるニュースは止む事無く熱い。プロ野球自体にはもう興味を失った僕だが、ついついこの手のニュースは気になる。同じような感覚の人も多いのではないだろうか。やはり、「古い体制」
と「その次の時代の何か」のぶつかりあっている様が人々が興味をそそられる部分ではないかと思う。


楽天・三木谷氏の対応に注目


このニュースの中で問題にされているのは、楽天がベイスターズとゴールデンイーグルスの両方の株を持っていることなのだが、実はそれを言ってしまえば、他にもそのような例は枚挙に暇が無いようだ。



>球界でも、阪神電気鉄道の筆頭株主である村上世彰(よしあき)氏率いる村上ファンドは、TBS株と西武鉄道株も保有(9月末時点)。西武ライオンズの親会社のコクドと西武鉄道は経営統合する計画で、村上ファンドがライオンズに支配権を持つ可能性がある。その村上ファンドには、オリックス・バファローズの親会社のオリックスが出資している。

>ベイスターズ買収に意欲を示すUSENは、既存のテレビ局との株式持ち合いも検討しており、やはり二重支配の可能性が生じる。広島東洋カープの買収を検討しているとされるライブドアにはフジテレビが出資。ライオンズ買収に一時意欲を示し、西武ドーム(埼玉県)の命名権を獲得した通信関連サービスのインボイスには、福岡ソフトバンクホークスの親会社、ソフトバンクが業務提携の一環として約5%を出資するなど、球団の親会社の資本関係は野球協約だけで規制しきれなくなっている。


結局の所、社会の体制、世界の仕組み自体が変化しているということなのだろう。もはや神様、オーナー様、将軍様、大国様が、たかが選手やら下々の民や劣等国を支配するヒエラルキー型の構造が崩れて始めているということだ。(もちろん、旧体制はまだまだ健在だが。<渡辺読売会長>「楽天は敵対的買収」「協約で上場禁止を」 )これは何も野球界だけではない。例えばインターネットで複雑に繋がりあったネットワークには、もはや、始まりも終わりなく、出口の見えない世界が出来ている。ソーシャルネットワーキングなどは明らかに、会社やら家族の上下関係を伴う系図・ヒエラルキー型ではない複雑に絡まりあった世界のモデルをそこに提示している。


いろいろな企業、出資者、選手、ファン、地域コミュニティなどいろいろなものの交差する所にチームが、そして何らかの「イベント」が、生まれて来るべき時代が来ているのではないか。そこでは「誰が偉い」ということもなく、「誰のもの」ということもない。


そしてこの手のニュースを眺めている人達も、何となく「ヒエラルキー型の崩壊」という匂いは感じとっているのだろうと思う。ただ、それを受け入れられるかどうかは別だ。これをワクワクしながら見ている人もいる一方で、「権威を持った中心」を失う世界にどことなく恐怖を感じている人もいるだろう。いや、もしかしたら、体制の言いなりになるのが大好きな日本人はかなりの数の人がそちらのタイプなのかもしれない。(それでもなお「恐いもの見たさ」でこの手のニュースを見ているのかもしれない。)


この前まで「選手会長」だった古田が「選手兼任」という形で監督に就任したのも、まさに「ヒエラルキーの崩壊」を象徴している気がしてしまう。早速、いろいろと新しい動きを起こしているようだ。


古田ITプロジェクト発進!ファンとの距離縮め神宮を満員に


成功するかどうか、これがベストな形であるのかどうかは、僕には分らないが、応援したい気持ちにはなった。異業種、ファンを巻き込んでの新たなる動き。「複雑に絡まりあったネットワーク社会」にまさにふさわしいことなのかもしれない。

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by ontan | 2005-11-04 04:14 | 主張