シンガーソングライター&プロデューサーによるblog


by ontan

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昔、免罪符、今は…

駐車違反身代わり出頭 従業員に頼んだ元社長逮捕


かつてカトリックの世では、免罪符なるものを教会が発行した。罪か罪にならないかを教会が決めることができるくらいに教会に権威があったわけだが、この資本主義社会においては、雇い主が個人に罪を配分してくれるようだ。


当たり前のことだが、資本を持っている人間であるからといって、人に「罪」を譲り渡すことはできない。しかし、この手の「***の身代わりに」という話はチラホラ聞く。社長の脱税を隠すために、盗難を受けたことにしたり、職員の中に横領があったことにしたり、という手口なんかは風の噂に耳にすることだ。


社長よ、思い上がるな! あなたに社員の履歴書を「罪」で汚す権利はない。あなたは神ではない。本当の神はあなたのやっていることをしっかりと見ているだろう。(閻魔様かもしれないが。)


でもね、「会社」っていうパラダイムの中だけにいると、社長様ってのは、何でも自分の思い通りにできるような気持ちになるものみたいだね。あなたの下らない自慢話を聞かされるのはもう飽きましたよ。(その話は何度も聞いてオチまで知っているし…。)

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by ontan | 2005-11-21 13:49

「ながら」な人々

僕は喘息持ちなので、タバコはだめなんだよ。特に去年の今頃は激しい発作に見舞われ、歩いている時に見知らぬ人の「歩きタバコ」の煙りで道に座り込んでしまったこともあった。(すぐに吸入したから死なずに済んだが。)




最近タバコへの規制が激しい。それに反発する人もいるけれど、タバコは少なくとも「煙り・火・匂い」が絶対に発生するものであることは忘れないで欲しい。駅はこの3つから逃れることが非常に難しい環境なので、やはり駅では規制をして欲しい。僕も見知らぬオッサンのタバコなんかで死にたくない。


携帯使用中の事故半減 改正道交法効果てきめん


市民の安全を守るための法規制は仕方ないことだと思う。何にせよ、「ながら」というのは、それぞれへの集中力が分散し、注意は散漫になるし、行なっているそれぞれの質の低下は免れない。歩きタバコで携帯で電話しながら歩いている人を見かけたりすると、いろいろな意味で危険なので、近づかないように気をつけている。少なくとも自分は変なことに巻き込まれたくない。


駅で喫煙、警告無視し逮捕

>男は、数人の仲間とホステスとして働く女性を勧誘するため、たばこを吸いながら構内を歩き回った。巡回中の鉄道警察隊員が警告し、男は一度は構内から出たが、再び戻り喫煙。その後も、数回の警告に従わず吸い続けたという。


世の中には注意されると意地になる人もいる。この勧誘屋さんは男のプライドをかけて吸っていたのかな?などと想像してしまった。「スタイリッシュなオレを守るために」「バッドボーイなオレはgoing my way だぜ」というふうに。


ま、とにかく逮捕されてしまって、勧誘のお仕事が否応無しに中断させられたわけだから、自分の職務は遂行できなかったわけだ。子供じゃないんだから、自分の仕事くらいキチンとやりなよ。格好悪い。

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by ontan | 2005-11-17 11:41 | 主張
ずっと音楽活動やっていると、だんだんと仲間が、その世界から離れていき、寂しい想いになることもある。それなりの覚悟をもって潔くという人はまだしも、時には「まだやってんの〜?」などとかつての仲間に向かって言うことで、妙な優越感に浸っている人間も見受けられる。情けない。



本田美奈子 急性白血病で死去


本田美奈子がアイドル→ロックバンド→ミュージカル→クラシックとひたすら、自分の歌を磨き続けていった過程を、その死去に伴って、テレビ等で最近否応無しに目にさせられているが、本当にあの人すごいと思う。


もともと感情のこもったエモーショナルな歌をうたう人だったけれど、その芯を保ったまま、より自身の歌のレベルを高めていったその姿勢に本当に感動させられる。ちょっと音楽かじって「もう若くないから」とか適当な言い訳作って音楽から逃げていったバンド兄ちゃん崩れは、30過ぎてからも、歌の道に専心して自身を高め続けた彼女のことを、どう思うんだろう。努力することが面倒な人間はどこの世界に行ってもやっていけないよ。



働きながらでも、自分の実力を高め続ける努力を怠らなければ将棋の瀬川さんのようにしかるべき場に参加することのできる日も来るかもしれないのに。



もっと、言うなら、僕らが幼い頃「できるかな」で見た「ノッポさん」ですら、歌う時代だぞ!!!(幼い僕は当時ノッポさんは「しゃべれない病気の人」だと思ってました…。すいません。)


ノッポさん 71歳の歌手デビュー




>そんな“無口”なはずのノッポさんが歌って踊る。まさに180度のイメチェン。「私もいい年になった。顧みれば、若い頃は冒険心とか、チャレンジ精神からはほど遠い憶病な生き方だった。だからこの私が、いやバッタじいさんが“とべとべ…”と孫たちに語りかける時、それは同時に自身にも語りかけている」。71歳になってもなお子供たちに夢や希望を提供したいという心意気からの歌手デビューだ。


ちょっと感動した。歌の世界は本当に奥が深い。上手下手を越えた、年齢なりの、その人なりの、存在感が発揮されている「本当のうた」が生み出されているならば、聴く者に感動を与えることができるものだ。どんな状況に置かれても自分のうたを追求していけば、何かを生み出せると思う。


僕もここに来て、日々、自分がまだまだ成長していることを感じている。いつ辿り着くのか、どこに辿り着くのかは知らない。でも歌の道を歩いていくつもりだ。というわけで、「これからもずっとうたっていきます!」

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by ontan | 2005-11-14 10:12 | 主張

スケールは大きいが

ポールさん生演奏宇宙に


かつてビートルズ時代には「All you need is love」で全世界にその演奏を響かせたわけだが、今回はついに宇宙へ。偉いスケールは大きいが、実はナンセンスなことがニュースになるのはポールらしいね。



>ISSの船長らは、宙返りしたり、曲名に合わせて宇宙食の紅茶を飲んで見せたりと大ハッスルだった。



船長も負けてないなあ。うん「キャプテン・ハッスル」だね。(あ、別な人になってしまった。)

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by ontan | 2005-11-14 00:12 | 音楽

誹謗中傷より恐いもの

<ネット選挙>運動解禁の公選法改正案を国会提出へ 自民党 


相変わらず選挙運動と言えば、名前を連呼したり、路地裏へ突入してのドブ板選挙。「知っている人じゃないとイヤ」な日本人気質からすると、それも真っ当なのだが、ネットでの選挙活動も考えていい時代だと思う。あのホリエモンでさえも、広島へ出向いて、道行く人達と握手するような選挙運動をしているのを見て、僕は驚かされた。



>ただし、ネット利用解禁で、候補者などへの悪質な誹謗(ひぼう)中傷が流れるおそれがある。



でも、前回の衆議院選挙も含めて、むしろ恐いのはテレビによる大衆操作の動きだ。誹謗中傷よりも特定の政治家をチヤホヤしたり、アイドル扱いするような動きの方が悪質だ。いろいろなメディアを通して、相対的な視点で物事を見ることが必要なはずだ。


あとはネットでの投票も実現してくれるといいな。日曜日にわざわざ、小学校や中学校に行くの大変だよ。投票率アップのためにも。(あ、投票率が低い方がいい層の人達もいるらしいが。)


ここまで書いて思った。そうか、だからこの法案は今頃出すのか。

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by ontan | 2005-11-13 20:30 | 主張
仏暴動、パリ中心部にも 学校、車両への放火続く


今回のフランスの暴動の背景には移民の問題もあるのだろう。


パリは依然燃えている!仏の暴動拡大、背景に貧困・失業問題



>暴動が集中しているのはパリ郊外、アルジェリアやモロッコなどアフリカ北部からの移民とその子供、イスラム教徒などが多い地域。低所得層用の集合住宅が密集しており、他地域より失業や貧困、犯罪発生などが深刻で、人種差別への反発も強い。


<仏暴動>移民若年層、差別に怒り 疎外感が過激化招く


>暴動がこれほどまでに拡大した背景には、治安維持を優先するサルコジ内相の強硬路線に対する反発だけでなく、就職、家探しなど日々の暮らしの中で移民が直面する差別への怒りがある。さらに、仏社会に溶け込めない一部移民は大都市郊外などで一種の「ゲットー」を形成しており、社会からの疎外感が若者の過激化を招いている。

このニュースはあまり日本では大きく扱われていないけれど、かなり大事な問題ではないだろうか? グローバル化が進む今、島国日本だって移民や外国人滞在の問題については対岸の火事ではない。「受け入れる、受け入れない」については意見の相違はあって当然だが、それぞれが相当に「覚悟」をもって考えなければいけないはずだ。



カントは晩年の著書「永遠平和のために」の中で「永遠平和のための第三確定条項」として人間は世界市民として、どの外国でも訪問する権利を持つとした。ただし「滞在」については、その地の住民(国家)による好意的な申し出(契約)が必要であるともした。



1795年にカントによってなされたこの主張に対して、グローバル化の進む現代に即して「滞在権をも認めるべき」とする意見も最近では見受けられるようになった。また、カント自身の唱えた「道徳は、無条件で命令する諸法則の総体」という考え方を使い「好悪に左右されず無条件に、どんな他者に対しても滞在を認めるべきだ」とするかなり過激な意見も見受けられる。



僕はふと思った。道徳の哲学者たるカントがそもそもどうして、「滞在」については容易に認めなかったのだろうと。「道徳と政治は別だから」という理由でないことは、カント自身が同書の中で「政治と道徳の一致」を目指していることからも明らかだ。だとすれば、カントの道徳的な感覚を介してもなお、「滞在」は別個の問題とせざるをえなかったのだろう。



僕自身はどちらかと言えば、グローバリズムの影響による「無条件に滞在を認めよう」とする立場よりも、カントの立場の方に共感する。「滞在」は特別なことなのだ。やはり「滞在」ということになれば、自ずと衝突は起こってくるものだと思う。そしてそれは各々の民族や文化の相違による「道徳」の違いを原因とすることも多いだろう。僕はカントのような「普遍的な道徳法則」ということはあまり信じていない。やはり民族や文化によって道徳には違いがあると思う。けれども、だからこそ結論はカントと同様に「滞在」については別とするべきだと思うのだ。


全く文化や歴史、生育環境の異なる者同士が共に生きるには、相当の覚悟が必要なはずだ。安易に滞在を認めることは無駄な衝突や紛争を起こす可能性も多い。これは将来的に「国民国家」という概念がたとえ無効となったとしても、異なるコミュニティーの人間と人間が出会った時には必ず起こりうる問題だ。また無条件に滞在を認めることは時に「強いものが勝つ」「図々しいものが得をする」ということにもなりかねない。「滞在は別」としたカントはその理性に従ってか、適正な部分に「歯止め」を打ち込んでおいてくれたと思う。


移民の問題は様々な側面を持つと思うが、安易に「労働賃金が安くすむから」などというような理由で、受け入れて、その後の生活は保障しないというのは、他者を受け入れるということについての「覚悟が足りない」と思う。受け入れるならば本気で考え、彼らのために尽力すべきだ。流すべきは血でなくて汗だ。それができないなら、むしろ、受け入れるなとさえ思った。

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by ontan | 2005-11-06 15:12 | 主張
「株」問題を論議 プロ野球オーナー会議 


どうも野球界再編にまつわるニュースは止む事無く熱い。プロ野球自体にはもう興味を失った僕だが、ついついこの手のニュースは気になる。同じような感覚の人も多いのではないだろうか。やはり、「古い体制」
と「その次の時代の何か」のぶつかりあっている様が人々が興味をそそられる部分ではないかと思う。


楽天・三木谷氏の対応に注目


このニュースの中で問題にされているのは、楽天がベイスターズとゴールデンイーグルスの両方の株を持っていることなのだが、実はそれを言ってしまえば、他にもそのような例は枚挙に暇が無いようだ。



>球界でも、阪神電気鉄道の筆頭株主である村上世彰(よしあき)氏率いる村上ファンドは、TBS株と西武鉄道株も保有(9月末時点)。西武ライオンズの親会社のコクドと西武鉄道は経営統合する計画で、村上ファンドがライオンズに支配権を持つ可能性がある。その村上ファンドには、オリックス・バファローズの親会社のオリックスが出資している。

>ベイスターズ買収に意欲を示すUSENは、既存のテレビ局との株式持ち合いも検討しており、やはり二重支配の可能性が生じる。広島東洋カープの買収を検討しているとされるライブドアにはフジテレビが出資。ライオンズ買収に一時意欲を示し、西武ドーム(埼玉県)の命名権を獲得した通信関連サービスのインボイスには、福岡ソフトバンクホークスの親会社、ソフトバンクが業務提携の一環として約5%を出資するなど、球団の親会社の資本関係は野球協約だけで規制しきれなくなっている。


結局の所、社会の体制、世界の仕組み自体が変化しているということなのだろう。もはや神様、オーナー様、将軍様、大国様が、たかが選手やら下々の民や劣等国を支配するヒエラルキー型の構造が崩れて始めているということだ。(もちろん、旧体制はまだまだ健在だが。<渡辺読売会長>「楽天は敵対的買収」「協約で上場禁止を」 )これは何も野球界だけではない。例えばインターネットで複雑に繋がりあったネットワークには、もはや、始まりも終わりなく、出口の見えない世界が出来ている。ソーシャルネットワーキングなどは明らかに、会社やら家族の上下関係を伴う系図・ヒエラルキー型ではない複雑に絡まりあった世界のモデルをそこに提示している。


いろいろな企業、出資者、選手、ファン、地域コミュニティなどいろいろなものの交差する所にチームが、そして何らかの「イベント」が、生まれて来るべき時代が来ているのではないか。そこでは「誰が偉い」ということもなく、「誰のもの」ということもない。


そしてこの手のニュースを眺めている人達も、何となく「ヒエラルキー型の崩壊」という匂いは感じとっているのだろうと思う。ただ、それを受け入れられるかどうかは別だ。これをワクワクしながら見ている人もいる一方で、「権威を持った中心」を失う世界にどことなく恐怖を感じている人もいるだろう。いや、もしかしたら、体制の言いなりになるのが大好きな日本人はかなりの数の人がそちらのタイプなのかもしれない。(それでもなお「恐いもの見たさ」でこの手のニュースを見ているのかもしれない。)


この前まで「選手会長」だった古田が「選手兼任」という形で監督に就任したのも、まさに「ヒエラルキーの崩壊」を象徴している気がしてしまう。早速、いろいろと新しい動きを起こしているようだ。


古田ITプロジェクト発進!ファンとの距離縮め神宮を満員に


成功するかどうか、これがベストな形であるのかどうかは、僕には分らないが、応援したい気持ちにはなった。異業種、ファンを巻き込んでの新たなる動き。「複雑に絡まりあったネットワーク社会」にまさにふさわしいことなのかもしれない。

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by ontan | 2005-11-04 04:14 | 主張
僕自身も以前は「何でもこれ1台で出来る!」なんて言われると便利なような気になっていたが、何度かパソコンの故障などのトラブルに遭遇し、逆にその不便さを感じるようになった。復数台に分散させたり、時にはアナログなものにも頼っておくのも大事だろう。


銀行からのCD-ROMと偽って、プログラムをインストールさせて、インターネット・バンキング経由で勝手に送金させる事件が起こっている。


<千葉銀行>CD—ROMで勝手に数百万円が送金される

<偽CD−ROM>北陸銀行名でも送付


インターネットやパソコンへの依存度が高まっている今の時代には、家宅侵入以上に恐い事件だ。「何でもパソコンで」ということは便利なのだが、逆にそこを狙われたら容易に全財産(お金も情報も人脈をも)を失いかねない。今僕は「家宅侵入」という言葉を使ったが、まさにパソコンは家の機能そのものとなりつつあるのかもしれない。


そう思ってみるとウィルスの巣ともなりそうな、ソニーの「コピー制限機能付き音楽CD」というのは、かなり厄介な代物だ。


ソニーの音楽CD、ウイルスに悪用される恐れ


これって音楽を口実に家の中に勝手に入ってきて病原体を置いてくるようなものだよね。かなりデリカシーのないものだと思う。銀行を偽ったCD-ROMの事件など起こっている今、もうこんな怪しいCDを自分のパソコンに入れるくらいなら、「iTunes Music Store」などで買った方がいいと思うユーザーが増えていくだろう。僕も自らのサイトで自分の曲を配信しているが、明らかに音楽の流通の仕方が変わりつつある時代なんだと思う。この時代に今回のこのような怪しいCDまで出して古い形に固執するような行為をする企業は、少なくともお客の方を向いている企業ではないんだなと思った。

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by ontan | 2005-11-03 09:42 | 主張
アイガモが陽性反応 大阪、インフルエンザ


環境にも優しく可愛らしいアイガモ農法は僕もテレビなどで見て知っていたが、このアイガモは食肉用らしい。皇居のお堀のカモはまた違う種類だっけ?


鳥インフルエンザのせいで、たくさんのニワトリが「処分」となった記憶も新しい。あの大量のニワトリが殺されていく映像を見て、なんだか可哀想な気持ちになった。いや、確かに生きていたとしても人間に食われたりするんだろうけど、志し半ば(?)で袋詰めにされて生き埋めにされるのを見るのは心が痛む。(絶対に昔のウルトラマンだったらこいつらは怪獣化するだろうと確信した。)


こうするより他に方法がないんだろうな…。そんなことを思っていたら昨日、ちょうどスカパーで「帰ってきたウルトラマン」の再放送でバリケーンという怪獣の回が放映されていた。脚本は実相寺昭雄。台風が変異して生まれたような怪獣(見た目はクラゲ)の回なのだが、郷秀樹(帰マン)はこの回に限って頻りに「自然の出来事は自然に任せればいい」「人間の尺度で測ってはいけない、自然は偉大だ」「新しい自然の姿」と妙に哲学的なことを言う。(確かにこの怪獣のおかげで、東京の光化学スモッグが無くなった。)郷に対してMAT隊長伊吹は「変わっていく自然にも対処しなければならない」と郷を諭す。


結局この台風怪獣は都会を嵐に叩き込むが、ウルトラマンが自らクルクル回転して吸い寄せて宇宙へポイする荒技によって退治されてしまう。この話のラストシーンは「東京一帯にスモッグ注意報が出た」という知らせを受けた岸田、郷両隊員のやりとりで終わる。


岸田「怪獣去ってまた一難か」
郷「今度は自然の力じゃありませんよ」


鳥インフルエンザが新たな自然現象であるとすれば、われわれは「変わっていく自然にも対処しなければならない」のだろう。それじゃあ、もしかして今度はカモを埋めることになるのか? で、さらに次には何を埋めるのだろう? そうしていって最後に埋められるのはいったい何だろう? なんて考えていたらえも言われぬ恐怖感に捉えられた。もしかして郷の言うように「自然の出来事は自然に任せればいい」のかもしれない。でも、そうしたら逆に淘汰されてしまうのは人間の方かもしれない。


…とにかく共生の象徴のようなアイガモを人間様が生き埋めにすることになったりしたら、そんなシーンは皮肉極まりないよなあ。

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by ontan | 2005-11-01 02:23 | 主張